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​楠正成公ゆかりの地

河内長野の鎮守の宮

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由 緒

創建の年月は不詳であるが、南北朝時代においては南方諸将の崇敬が篤かった。

楠正成公の河内七城の一として、元弘の昔、金胎寺城を構築した時

その鎮守として篤く信じ、その子正儀は天野山の行在所において後村上天皇を守護する時

当社に祈願をこめて国家の安全と武運長久を念じ、天皇も深く尊信せられ

吉野行幸の砌当社に御駐輦あらせられた。

江戸時代天和2年8月本多伊予守忠恒は、この地方領して陣営を置き

その子忠統は、父の遺領を継承して、当社を信仰し

正徳年中には神輿、矛、手洗鉢等々の寄進があった。

同正徳5年10月宗源の宣旨を以て、正一位の神位を授けられ

その後西代大明神と称し、明治の初め社号を西代神社と改める。

明治41年に浦野神社・西山神社・菅原神社が合祀された。

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御祈祷

お宮参り

お子様の健やかな成長を願い

​神様にお祈りします。

七五三

​男の子は3歳と5歳

女の子は3歳と7歳

​お参りしましょう。

 

星祭

 

厄除け祈願。

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境 内

所在地

〒586-0016

​大阪府河内長野市西代町16-5

 

Tel: 0721-53-1762

Fax: 0721-56-1922

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